海外では小学生がプログラミングの授業を受けてゲーム開発など当たり前にコードを触っているのに「どうして日本だけこんなにもアナログ文化が根強くて、Web3もDXもぜんぜん進まないの?」ってずっと疑問でした。
今、世界ではWeb5や分散型ID(DID)、ブロックチェーンなど
「自分の情報は自分で管理する」という “個人主権の技術” が急速に広がっています。
その反面、日本ではどうでしょう?
いまだに紙・FAX・ハンコが使われ、
「仮想通貨=怪しい」「DX=パソコン導入」みたいな誤解も根強いまま。
これって、ただ技術が遅れてるだけじゃないんです。
実はもっと深い“構造的な理由”が、背後にあるのが原因なのかも知れません…。
この記事では、そんな「Web5が日本で進まない理由」を
次の3つの視点から、できるだけ分かりやすく読み解いていきます👇
🔹 官僚システムの情報管理構造
🔹 既得権益とメディアの一体化
🔹 戦後から続く“考えさせない教育”
chat gptが言うにWebの進化は、ただのIT革命ではないそうです。
「誰が情報を持つのか?」
「誰が未来を決めるのか?」
という、“これからの社会の土台”を問う話なんです。
世界は「透明化」へ、日本は「情報遮断」へ
今、世界では「透明化」へ向かう大きな流れが進んでいます。
Web3やWeb5といった言葉が出てくるのは
ただの“新しいインターネット”というより、
**「自分の情報は自分で守る」「操作されずに選べる」**という方向への時代の進化なんです。
たとえば──
• SNSのフォロワーや発信データを、自分のIDにひもづけて持ち運べる
• ログインや登録も、自分の意思で「誰に」「何を」見せるか選べる
こういった世界では、情報の主導権は“企業や国”ではなく“本人”にあるのが当たり前になっていきます。
ところが日本は、この流れに乗れていません。
「仮想通貨?なんか怪しいやつでしょ?」
「DXって、会社にパソコン入れることじゃないの?」
…みたいな誤解が、今でも根強く残っています。
本当のところ、DX(デジタルトランスフォーメーション)っていうのは、
「仕組みそのものを変えていく改革」のことを指します。
単純にパソコンを導入するとか、オンライン会議を始めるとかだけでは、全然足りないんです。
じゃあ、なぜ日本はここまで“遅れている”のか?
それは「新しい技術に弱いから」じゃなくて、
根っこには“情報が見えること”に対する文化的な怖れが関係しているのかもしれません。
たとえば、こんな空気👇
• 「見えるようになると、なんとなくが許されなくなる。全部責任を持たなきゃいけなくなる」
• 「間違いがバレるのが怖い」
• 「誰かに見られるって、なんかしんどい」
…そんな感覚が、社会のあちこちに漂っている。
これって、誰かが悪いという話じゃなくて、
**教育や社会構造を通して、長年かけて染みついてきた一種の“安心のかたち”**なのかもしれません。
つまり──
「見えない方がラク」という空気が、無意識のうちにブレーキをかけている側面もありそうです。
その結果、日本は「分からせない」「説明しない」「察する」みたいな文化を保ち続けているとも言えます。
🔁 一方、世界は「選べる」「共有できる」「記録が残る」方向へどんどん進んでいる。
日本だけが「分からないままにしておく安心感」にとどまっているとしたら──
このギャップは、これからますます広がっていくことでしょう。
「官僚システム=“囲い込み型”の仕組み」である理由
日本は「情報を持っている人が強い」という文化が、行政の土台になっている“官僚システム”の中でずっと続いてきました。
でもこれってただの慣習やお堅い空気感じゃなく、**「情報を握る=権力を持つ」**という明確な構造でもあるんです。
そもそも官僚ってどんな人たちでどんなことをしているのか? 私自身よく分かっていなかったので調べてみました。
💼 そもそも官僚機構って?
「官僚(かんりょう)」とは、政治家とは別に、省庁で政策や仕組みを作っている国家公務員のトップ層のこと。
たとえば厚労省・文科省・財務省・外務省などの各省庁にいて、日本の制度や法律の“設計”を担当してる人たちです。
つまり「政治家が表のリーダー」だとしたら、**官僚は“裏のオペレーター”**みたいな存在。
その官僚たちが組織として国を運営している構造全体を「官僚機構」と呼びます。
🏢 “縦割り”構造ってなに?
各省庁が「自分の縄張り」を守っていて、情報を共有しないことを意味します。
たとえば:
• 厚労省は「医療・福祉・労働」
• 文科省は「教育・研究」
どちらも「子どもの健康」には関わるはずなのに連携せず、バラバラに動いて非効率なことがよく起こります。
これがいわゆる“縦割り行政”です。
でも実はこれ、わざと情報を共有しないことで、自分の主導権や予算を守ってるという背景があるんです。
そんな社会構造の中で運営されてきた「日本」という国。それを直接的に動かす政治家や官僚などは、インターネットやテクノロジーの技術が進歩するのを恐れているのではないか?とも考えられます。
🧠 Web5がもたらす「透明化」は、何が怖いのか?
Web5やDIDが広がれば、たとえばこんな変化が当たり前になります👇
• ✅ 医療記録を「個人が所有」できる
• ✅ 発言・行動履歴が「書き換え不可」で記録される
• ✅ 「誰に何を見せるか」を、自分で決められる
つまり「記録が残り、本人が選ぶ」世界になる。
これは、従来の“グレーなままにしておける構造”を根本から崩すものなんです。
💥 たとえば、今までは…
• 「誰がどこで決めたか」が曖昧なまま進められた
• 不都合な情報は“握りつぶせた”
• 「その件は担当外です」で逃げられた
でもWeb5のように
“やり取りのすべてがログに残る”仕組みが整えば…
• どの部署が何をしたのか
• 誰がいつ判断したのか
• どんな根拠で動いたのか
が、“見えてしまう”んです。そうなると…
• 「言い逃れ」ができなくなる
• 「忖度」や「口約束」が通用しない
• 「知らなかった」では済まされない
こういった**“透明な社会”は、今までのやり方が通用しなくなるある意味での怖さ**を持っているのです。
🙅 でも、官僚=悪ではない
官僚の”天下り問題”など、ネットや週刊誌で取りざたされるのはこういった良くないイメージがほとんどだと思います。
でも当たり前に「真面目」な官僚の方もたくさんいます。
でもここで問題提起したいのは個人の善悪ではなくて“構造そのもの”なんです。
たとえば
• 情報を出そうとすると、上層部に止められる
• オープンにしたくても「前例がない」で却下される
• よかれと思っても、誰も責任を取りたがらない
そんな文化が何十年もかけて根づいてしまっているんです。(これは日本の世の中全体に言えることで官僚の世界だけじゃないと思いますが…)
そんな環境の中でWeb5やDIDが、入ってきたら…
• 情報の流れが変わる
• 主導権を“管理者”から“本人”に戻す
• 記録と責任を、改ざんなしで残す
つまり「誰が何を決めているのか?」をハッキリさせる社会インフラです。
だからこそ今まで“情報を囲うことで守られてきた構造”にとっては、脅威となるんです。
でも逆に言えば、私たちが「選べる側」に戻るチャンスでもある光とも言えそうですね。
財閥・メディア連合とITの壁
日本のデジタル化がなかなか進まない背景には、
**「既得権益(きとくけんえき)」**と呼ばれる“守られた立場”の存在があります。
💬 既得権益ってなに?
簡単に言えば、
**「今、得してる人たちが、その立場を手放したくない」**ということ。
たとえば──
テレビ局、新聞社、広告代理店、そして大手財閥系の企業などは、
「情報をコントロールできる側」にいることで、大きな影響力と利益を得てきました。
💣 Web5が広がると何が起きる?
たとえば
• SNSの発信に「誰が書いたか」を証明するDIDがつく
• 情報はブロックチェーンに記録され、あとから改ざん・削除ができない
• 嘘やごまかしが、すぐに検証されてバレる
そんな世界になると──
信頼されるのは「見た目や広告」ではなく、「行動そのもの」になっていきます。
📉 企業やメディアにとっては都合が悪すぎる
Web5の仕組みが当たり前になると
• 誤魔化したり、都合の悪いことを消すことができない
• PRやイメージ戦略より、実際のデータや行動で判断される
• 「本当のこと」が可視化され、隠しきれなくなる
具体的なものだと
• 炎上した投稿が、ログとして残り続ける
• 「社会貢献してます」と言いながら、裏の記録で矛盾がバレる
• 過去と現在の発言の矛盾やごまかしが一発で見抜かれる
その結果、“誠実にやってきた人”が報われる社会に変わっていく。
逆に言えば、“うまくやってきた人”はもう隠れられない時代になる…。
それって、本当は良い未来のはずですよね。
でも、長年その構造で得をしてきた側にとっては、あまりにも痛すぎる変化なんです。
だから進まないし、テレビでは報道されない。むしろ「怪しい」「危ない」などネガティブイメージを植え付けられて真実を歪められてきました。
でも、裏を返せば──
それだけWeb5が社会の“本質”に迫っている証拠でもあります。
💡Web5は「情報の地殻変動」
・誰が、いつ、何を言ったのか
・その言葉や行動に、どんな意図や実績があったのか
・それが消されずに記録され、評価されていく
これが当たり前になれば──
情報の力関係が“企業 → 個人”から、“個人 → 個人”へとシフトしていく。
“うまくやる”時代は終わりです。
“ちゃんとやってる”人が正当に評価される時代が訪れそうです。
戦後構造:統治システムとしての“分からせない”教育
日本では、戦後のあるタイミングから
**「あまり考えすぎない国民」**を育てるような教育方針が広がってきました。
•親や先生から 言われたことは正しい。だから素直に守ること
• 空気を読んで目立たないようにする
• 「正しいかどうか」より「みんなと同じかどうか」が大事
こうした教育は、良く言えば“協調性を重んじる思いやりがある心”を持った素晴らしい人間性を持つことの大事さを説いた。
でも裏を返せば「考えすぎず、従う人」を育てる方向に働いてきたとも言えます。
📚「考える力」より「扱いやすさ」が優先された
その結果として「なぜそうなるのか?」を深く考えるより、「とりあえず従っておけばOK」っていう空気が今の日本社会にはある。
つまり「情報を自分で調べる」「判断する」「選ぶ」という力が、育ちにくくなったとも言えるんじゃないでしょうか。
🌀 Web5は、その価値観と真逆の仕組み
Web5の概念はこんな感じです👇
• ID(身分証明)も自分で持つ
• データの出し入れも、自分で選ぶ
• 誰とつながるか、何を信じるかも、自分で決める
つまり「自分が主人公」として社会に関わる設計なんです。それってこれまでのような「お上に従ってればいい」という前提とは正反対ですよね。
自分で選び、自分で責任を持ち、自分で動く。
そんな価値観が当たり前になると、
「上からの支配」や「空気で縛る社会」は、もう機能しなくなってしまいます。
🔥 だからWeb5は日本で知られていない
**「考える国民が増える」「自分で選ぶ人が増える」**ということは、
「従わせる側」にとっては、かなりやりにくくなるということでもあります。
つまりWeb5は、思考停止を脱するツールでもあると言えます。
「わたしはどう生きるか?」を取り戻すための選択肢でもある。
今ここから「自分で選び直せる時代」が確実に始まっています。
なぜ今、Web5が必要なのか?
最近なんとなく
「この社会、どこかで操作されてる気がする…」そう感じたことはありませんか?
あるあるだと思うんですけど…
• SNSで流れてくる投稿が、なぜか“同じようなもの”ばかり
• 検索しても“知りたい本質”にたどり着かない
• テレビやメディアから流れる情報とネットで見た情報が真逆のことを言っていて、どれが本物の情報なのかわからない
そんな“モヤモヤ”を抱えている人も多いんじゃないでしょうか?
前の章でも少し触れましたが、確実に日本でも情報統制の要素はあります。
たとえば
• 記者クラブ制度
→ 政府や大企業が発表した内容だけを一斉に報道する仕組み。質問や調査が制限されやすい。
• スポンサーや広告の影響
→ テレビ・新聞はスポンサー企業に不利なことを言いにくい。結果的に“見せない自由”が働く。
• 自主規制
→ メディア側が「炎上するかも」「権力ににらまれるかも」と思って、最初から書かない。
• ネットのアルゴリズム
→ SNSや検索エンジンが“見せたいもの”を優先して出すので、別の情報は埋もれてしまう。
私の感覚ですが、一般人にとって”有益な情報”って意図的に隠されてるって感じがしますね…(苦笑)
🔐「DID=自分のIDを、自分で持つ」という選択
これから紹介する DID(分散型ID) という仕組みも、その中のひとつではないでしょうか。
これをざっくり言えば…
👉「ログインも、情報の開示も、“自分が決める”」という発想。
• イベントで提示する情報を「年齢だけ」に限定したり
• SNSの発信も「この人本人のもの」と証明できるようになったり
今までは「全部まとめて差し出す」しかなかったのが、
「これは見せる・これは見せない」を自分で選べる未来が実際に来てるんです。
🔓 Web5は“情報の遮断社会”から抜け出す鍵
先ほども言いましたが私たちが今生きている社会は、「情報が見えない」「どこか偏ってる」ってことが多いですよね。
• 表に出てくる情報は一部だけ
• バズってるものが“真実”とは限らない
• 気づかないうちに“選ばされた道”を歩いてる
Web5はそんな社会から抜け出すための「抜け道」となりそうです。
DIDを持つことで
• 自分の情報を守れるようになり
• つながる相手を選べるようになり
• 自分の選択で未来をつくれるようになる
それは単なる便利さではなく、
「わたしはどう生きたいか?」を選び直すための設計図になるし、“自分の手で選ぶ”人にとっての味方になるものです。
まとめ:避けられてきた“透明化”が、これからの武器になる
日本ではこれまで、「情報が見えるようになること」=「責任が生まれること」として
なんとなく避けるような空気がありました。
でも今、世界はもう次のステージに進んでいます。
個人が情報を選び、自分で管理していく時代の流れが来ています。
Web5やDID(分散型ID)は、そうした流れの入り口にすぎません。
でも、ここを知らずに通り過ぎるのか?
それとも「持つ側」になるのか?
その違いがこれからの社会で「どこまで選べるか」に直結していくんです。
「知らなかった」では済まされない時代がもう始まっている。
だからこそ──
Web5を学び、DIDを持ち、“選ぶ力”を取り戻すこと。
それがこれからの時代を自分らしく進んでいける人の共通点になっていくはずです。
※Web5やDIDは“ただのIT技術”ではなく、「誰が主権を持つか?」という社会の仕組みそのものに関わるテーマです。
この深掘りについては、別記事で詳しくお伝えしていきます!

