止まっていたけど、また書いてみることにしました。
正直に言うと、
私はずっとこう思ってました。
「ブログって、ちゃんとしたこと書かなきゃダメなんでしょ?」
「人の役に立つ内容じゃないと意味ないよね?」
「AIに聞いたら何でも分かるのに、わざわざ私が書く意味ある?」
でも、awabotaでAI時代のことを聞けば聞くほど、
むしろ 「ちゃんとしたことを書こうとするほど、ズレていく」 気がしてきた。
それが今日の事務所での朝礼でハッキリわかった。
衝撃的だったことはコレ。
chatgptはもう「やることリスト」をくれない世界に入ったということです。
今のchatgpt5.2って、
昔みたいに
「これとこれをやればOKです!」
みたいな “やることリスト” を簡単には出さない方向に進んでるらしい。
それを聞いたとき、ちょっとショックでした。
だって私は、
• 正解が知りたい
• これやったら安心、ってルートが欲しい
• 迷わず生きられる地図がほしい
って、ずっと思って生きてきたから。
でも数日前からchatgptが、妙によそよそしいような
明らかに違う回答をしてくる理由がこれだったのかと腑に落ちました。
それと同時に、こうも思ったんです。
「あ、もう 答えをAIに丸投げして生きる時代は終わるんだ な」って…
これからは、
• AI:「方向・構造・ベクトル」を一緒に見てくれる相棒
• 人間:その方向に “波” と “行動” を流していく存在
この役割分担になると、それがわかってモヤモヤが晴れました。
ブログ=労働にした瞬間、空が閉じる
今日の朝礼で聞いた中で、一番ズドンときたのがこれ。
「ブログ書くことを“労働”にした瞬間、空が閉じる」
たしかに私も、
• ちゃんと構成考えて
• いいこと言わなきゃ
• 反応されるように書かなきゃ
って思えば思うほど、書けなくなるタイプです。笑
でも本当は、ブログって
• イベントや気づきがあった
• 心が少し揺れた
• 現実がちょっと動いた
その “瞬間のメモ” を置いていくだけでいい のかもしれない。
良い記事を書こうとしない。
「今、起きたこと」と「そのときの自分の感覚」だけ残す。
考えすぎて身構えるほど重くなる。
だからそのくらいラフでいいって言われたて、
肩の力がふっと抜けました。
「良い記事」より「魂が入ってる記事」
AIの文章って、めちゃくちゃ整っていてきれいだと思う。
• 正しいことも言うし
• 誤字もないし
• きれいにまとまってる
でも、これからは 「魂が入ってる記事」しか、アクセスこなくて読まれなくなる ようです。
なんとなくそんな気はしていました。
ブログだけ限らずこの世にあるすべてのもの、良いものなのか悪いものなのかとか
そういった正解/不正解は最近ではchat gptに判断委ねて聞くことも多いから
そんな感じで心こもってないとかそういうことだって前よりずっとわかってしまえる。
だからawpの仕組み使って、新しい時代の広告収入とりたいなら
ここはおさえとかないとダメなところだとも感じました。
魂が入ってる記事って、
• かっこいいことを書いてる記事じゃなくて
• 詰め込まれたノウハウでもなくて
• 「ほんまは、こんなこと思ってた」っていう、その人のリアル
なんですよね。
私で言うと、
• ブログめんどくさいと思いつつも、「それでも書こう」としてる今の状態…がまさにそう。
前の私はawabotaのスタッフだから、こんなこと思ったらいけないと思って
気合いでなんとかしようと
無理矢理自分のこと捻じ曲げてたんだと思う。
でも、これからはそれでいいのかもしれない。
本当は正しいとか正しくないとか関係ないし
むしろこんなきれいにまとまってない途中経過こそ、
AI時代には一番価値が出てくるのかもしれない。

↑だからその気持ちを隠さずストレートにぶつけたこれは
今でも自分のブログの中でトップ記事です。
これからawabotaで私がやる事
awabotaの中での私は、
システムを作る人でも、仕組みを設計する人でもない。
かずくんや開発陣が作ってくれている“信用経済の土台”の上で、
「実際にそこに乗ったら、人間の生活や心がどう変わるのか」
を、自分の人生で実験して、そのままレポートする係
…みたいなポジションなんだと思ってます。
つまり、私はかずくんがサッカーで例えるところの「フォワード」らしい。
• 難しい理論を解説するより
• 今日あったこと
• 今日感じたこと
• 今日、整えたこと
を、そのまま言葉にして前線から蹴り出していく役目です。
「私はawabotaを使って、こう変わっていってるよ」
「整えと波で、こう現実が動いてるよ」
この 実録ブログ が、
どこかの誰かの「生きる意味」を少しだけ揺らせたらいいな、と思ってます。
これからの自分へのメモ
なので、ここに自分への宣言も兼ねて残しておきます。
• 良い記事を書こうとしない
• 思考でこねくり回す前に「その日感じたこと」をまず出す
• 100点より、“今日の等身大の記録” を優先する
• AIには「整え」と「翻訳」を任せてOK
• 生きる意味を探している途中も、ちゃんと価値になると信じる
そして何より——
「AIに全部任せて生きる」んじゃなくて、
AIと一緒に、自分の人生のベクトルを選ぶこと。
その選んだベクトルを、
ブログで「波」として流していく。
その積み重ねが、
未来の誰かの検索に引っかかって、
「あ、自分だけじゃなかったんだ」
って、心のどこかをふっと緩めるきっかけになったのなら…。
最高いいなと思っています!
