InstagramとFacebook辞めました
最近、またInstagramで私のなりすましアカウントが出ました。
なりすましの報告して、対応して、アカウント削除の手続きをしました。
その流れの中で、
ふと「もういいかな」と思ったんです。
このアカウント自体、
ここ数ヶ月ほとんど動かしていなかったし
残している理由も、正直よく分からなくなってた。
だからやめてみることにしました。
今までアカウントを消すって
“過去の自分”をなかったことにするーー
どこかそんな感覚があったので、抵抗感があったんです。
「続けることが正解」という空気の中で
続けることが正解。
強くなることが成長。
切り替えて前に進める人がすごい。
社会のそんな空気の中で、
私は「宙ぶらりんな自分」を持て余していた気がします。
今の自分と、過去の発信が噛み合わなくなっていた
これまで発信してきた前の自分の写真とか投稿って、
なんかもう今の自分とはズレてるのを感じていたんです。
カメラロールの写真は思い出と思えるけど
その時の投稿はそうじゃない。
かっこつけてた部分もたくさんある。
競争社会の中で、わたしのこといいなと思ってもらいたかったから
100%嘘じゃないけど無意識のうちに盛ってたと思うし。。
「ちゃんと終わらせる」という選択
だから、ここでちゃんと立ち止まって
ちゃんと終わらせる。
そんな「区切り」って大事かもしれないって
すごく思ったんです。
それにwebでの活動履歴を残すことは大事だけど
そのアカウントをこれからも続ける気にならなかったです。
嬉しかったこと、頑張ったこと、悩んだこと、、、
わざわざ、そのまま残さなくてもいいか、全部なくなるわけでもないしって。
なので私は、そういう在り方を
「逃げ」や「甘え」じゃなく
ひとつの完成形として置いてみたいと思いました。
強くならない道を選べたこと。
それを自分で許せたこと。
それだけで、
もう十分だと思えました。
だから、不思議と今
見えてなかった肩の荷が降りた感覚がしてスッキリしています。
競争から降りても、居場所はある
既存のSNSにしんどいまま居なくても
幸い私には完成を楽しみにしている新しい場所「awp」がある。
awpは競争社会に疲れたかずくんが作った優しい居場所です。
そこでなら自分を盛ったりしないで正直な気持ちで投稿できそうです。
もしこれを読んでくれているあなたが、
「続けられない自分はダメなのかな」
「割り切れない私は弱いのかな」
そう思っているなら
無理にそこにいなくても大丈夫。
競争社会に疲れた人が辿り着く居場所もあるよ、って
そっと伝えられたら嬉しいです。
そんなことをふと思った昼下がりの山下公園のベンチでした。
ちょっと寒いけど、ぽかぽか海風気持ちいいー!
