刺激がないと価値を感じられない
「結婚するなら穏やかな人がいいよ」
そんな言葉を、何度も聞いた。
たしかにそうだと思う。
でも当時の私は、
穏やかな関係では、満たされなかった。
優しい。
怒らない。
大きな波もない。
なのに私は、
「このままで大丈夫なのかな?」
と、なぜか不安になっていた。
刺激がないと不安になる感覚
当時の私は、
喧嘩して、
ぶつかって、
泣いて、
それでも離れない。
そうやって深まる恋こそ本物だと信じていた。
波が立つ=本気
揺れる=愛がある
静かすぎると、
「本当に大事にされてるの?」
と逆に疑ってしまう。
なぜ穏やかさでは満たされなかったのか
私は、
“安心”よりも
“証明”を求めていた。
怒る
戻る
追いかける
抱きしめる
その一連の流れが、
「それでも私は選ばれた」という
実感になっていたのだと思う。
私はきっと、
愛そのものより
「それでも私を選ぶ」という瞬間を
何度も欲しがっていた。
波が立たないと愛を感じられない構造
穏やかな恋は確かに安定している。
でも安定していると、
「失う恐怖」も
「取り戻すドラマ」も起きない。
ドラマがないと、
愛を体感できない。
これは愛が薄いからじゃない。
あの時の私は、静かな愛では足りなかった。
何かが起きて、
それでも残る。
その確認が欲しかった。
本当は何を怖がっていたのか
恋が落ち着いてくると
試すようなことも減ってくる。
でも、何も起きないということは、
確かめる場面がないということ。
だから私は、
無意識に揺らしていたのかもしれない。
本当に愛されているかを
確認したくて。
今わかること
振り回される恋に疲れていた。
だから穏やかな恋が欲しかった。
でも、静かになると落ち着かない。
それは安心不足じゃない。
私は、
ぶつかったあとに「戻ってくる瞬間」で
愛を感じていただけだった。
揺れて、
不安になって、
それでも選ばれる。
その“確認”がないと、
愛が実感できなかった。
でも本当は、
静かに続いていること自体が
もう愛だった。
それに気づいたとき、
恋は消耗じゃなくなる。
