「あなたのお金の動き、全部記録されています」
——それが“安心の社会”と言われる時代に、
私たちは生きている。
守る仕組みが、支配の仕組みに変わるのは一瞬。
そしてその瞬間は、
たいてい「便利」という言葉に包まれてやってくる。
「守るためのチーム戦」——そう聞こえるけど本当は?
2025年、日本の三大メガバンク(三菱UFJ・三井住友・みずほ)が連携し、
円に連動した**デジタル通貨(ステーブルコイン)**を発行する計画を進めています。
しかもそこに加わるのは、三菱商事です。
ニュースでは「日本経済を守るための連携」「デジタル社会への前進」と言われています。
でも、本当に“守るため”だけでしょうか?
日本が急ぐ「デジタル経済の防衛ライン」
いま世界では
アメリカのGoogle・Apple・Amazon、
中国のアリババやテンセントといった巨大IT企業が、
国家より速いスピードで自分の通貨と決済ネットワークを作っています。
このまま放置すれば、
日本で買い物してもお金のデータは海外サーバーを経由し、
**「日本円を使ってるのに、命綱は海外」**という状態になる。
だから政府や銀行は焦っています。
彼らが作っているのは、いわば“円の経済主権を守るためのチーム戦”なんです。
商社(三菱商事)が入っているのは偶然じゃないんです。
物流・エネルギー・貿易など“経済の血流”を持つ企業が加わらなければ、
円の循環を本当に自国で回せないからです。
つまり表向きの目的はこう。
「日本経済を外資の支配から守るための仕組みづくり」
けれど──ここに大きな“落とし穴”があります。
守る仕組みは、支配の仕組みにもなる
デジタル通貨の世界では、
すべての取引・送金・支払い履歴がブロックチェーン上に記録されます。
「安全」「透明」「便利」。
この言葉の裏側で起きているのは、
“誰が・いつ・どこで・何に使ったか”が全て見える社会の始まりです。
現金には、“誰にも見られずに選べる自由”がありました。
財布の中の1万円を、誰にどう使うかを決めるのは自分だけ。
でも、デジタル通貨ではそれが消えます。
全てが“記録される選択”になるんです。
国家が管理すれば「
民間が管理すれば
国家が管理すれば、「安全のため」「みんなが平等のため」と言って、
「治安維持と公平性」の名のもとに監視が強化され、
お金の使い方を細かく見られるようになる。
会社(民間)が管理すれば、「便利にするため」「おすすめを出すため」と言って、買い物の情報や行動データが吸い取られるようになる。
どちらも“良さそう”に聞こえるけど、
どっちにしても私たちの行動は全部見られているということに変わりないのです。
つまり、「守るための力」と「支配する力」は、
同じ仕組みの中で動いているとも言えます。
“信用”という名の管理社会が始まる
「信頼の可視化」「信用スコア」「デジタルID」——
これらの言葉は、将来の社会のキーワードになっています。
けどその“信頼”って、誰が定義するんでしょうか?
真面目に働くこと? ルールに従うこと?
あるいは、システムに逆らわないこと?
もし「信用=従順さ」になれば、
それはもう信頼ではなく**“管理可能な人間像”**になってしまいます。
だから今起きているのは、
ただの技術進化じゃなくて「信頼とは何か」をめぐる思想戦とも言えるんじゃないでしょうか。
“便利さ”は武器にもなる
現金の時代は、「財布を落としたら終わり」。
でもデジタル通貨の時代は、「管理者がスイッチを切れば終わり」。
今後日本もデジタル化が進んだ時に
もし国が緊急事態を理由に個人の口座を止めたら?
もし企業がAIスコアで“信用が低い人”を自動で排除したら?
その便利さは、そのままコントロールの手段に変わってしまう。
「自由に使える」と「自由を使わされる」は、紙一重とも言えますね。
“守る経済”と“自立する経済”の分かれ道
銀行や商社が作るデジタル円の世界は、
中央がルールを決め、個人はその中で安心して動く“守る経済”です。
一方、Web5やawabotaが目指しているのは、
自分の信用や実績を自分の手で証明し、選んでつながる“自立する経済”です。
この二つの選択肢があった上で、自分はどちらを使って生きるのか?
今そこを問われているんです。
「知らないまま流される」のが、いちばん危険
デジタル通貨の波は、もう止まりません。
でもその波に“飲まれる側”になるか、“乗りこなす側”になるかは、私たち次第です。
守るか、支配されるか。
その境界線はいつも静かに進化の顔をしてやってきます。
知らないまま流されるのか。
それとも、見抜いた上で選ぶのか。
今こそ、“便利”という言葉に飲み込まれない目を持つときです。
まとめ
便利さの名のもとに、
少しずつ“考える力”を奪われていく社会へ着々と進んでいます。
でも、怖がるのは早い。私たちはまだ選べるんです。
誰かのつくった安心の中で眠るのか、
自分の信頼で立つ自由を生きるのか。
「知らないまま」は、もう許されない時代です。
見抜いて、選んで、動ける人から、
ほんとうの未来が始まるのではないでしょうか。

