最近、会話の場が少しずつ静かになっている、という話をよく聞きます。
こんにちは、ジャリです。
交流会のような分かりやすく賑やかな場は相変わらず存在しているけれど、
日常の中でのやり取りや、人と人との距離感は、以前よりも控えめになっているように見えます。
自己紹介を強く押し出す人が減ったとか、
自分の考えを積極的に説明しなくなった、というよりも、
「わざわざ言わなくなった」という状態に近いです。
話さないことが増えた、というより、
話す必要がない場面では、無理に埋めなくなった、という印象があります。
その背景には、距離の取り方に関する構造の変化があるように見えます。
以前は、人との距離は場の空気や役割によって決まることが多く、
近づきすぎるか、離れすぎるかのどちらかになりやすかったです。
その結果、
合わせすぎて疲れることや、
距離を取ることで不安になることが起きやすかったです。
最近観測されるのは、
距離そのものを「自分で選べる」という前提が、
少しずつ共有され始めている状態。
近づかないことが拒否にならず、
沈黙が価値の低下と結びつかないです。
話さない=存在しない、ではなく、
話さなくてもそこにいる、という位置が許容されています。
この構造の中では、
主張しないことも、説明しないことも、
特別な意味を持たない。
静かになる、というより、
余白が増えている、という方が近いです。
その余白の中で、
人は自分の立ち位置から、必要な距離を選んでいるように見えます。
誰かに近づくことも、
一定の距離を保つことも、
どちらも同じ重さで並んでいます。
その結果として、
声の大きさや存在感の競争が、自然に弱まっています。
この状態は、変化というより、
配置が整ってきている途中のようにも見えます。

