公開で怒鳴られた日
あの日の怒鳴り声は、
今もその当時の音量のまま覚えている。
子どもに向けるレベルを超えた怒りだったと思う。
理由を言え。
なんでそんなことを言ったんや。
なんでお前は人を傷つけるようなことができるんや。
教室は不自然なくらいに静まり返っていた。
私は1人立っていて、
逃げ場はなかった。
でも本当に怖かったのは、
先生の怒りだけじゃない。
クラス中から向けられた”視線”だった。
好奇心。
面白がり。
引き気味の目。
評価する目。
私は、その中央に立たされていた。
一番避けていた場所に。
単独犯になった理由
私はその男の子が嫌いだったわけじゃない。
むしろ、普通に話せると思っていた。
でもみんなの、からかいの対象ではあった。
だから私も同じように接してた。
その日もいつものように大袈裟に怖がってみせただけ。
なのにタイミング悪く、私だけがその子をからかってるような状況になってしまった。
大人の男の人に本気で怒りをぶつけられて怖くて
すくんだのもあった。
それより人を傷つけてしまった、ということの重大さが
一気にのしかかってきて、私は声が出なかった。
「臭いからそうした」とは言えなかった。
これ以上傷つけてしまうのがわかったから
本当の理由は言えなかった。
それに「みんなも言ってます」と言って、友達を売るようなこともしたくなかった。
だから結果的に、私は”単独犯の悪者”になった。
母が外の声を信じた瞬間
その日、家に先生から連絡がいった。
母はひどく驚いていた。
「急に先生に呼び出されてびっくりしたわ」
「先生から色々言われて、お母さん必死に謝ったんやで」
「あんたなんで、あんなことしたん」
「お願いやから人様に迷惑かけるようなことせんといてよ」
戸惑いを隠せない母に矢継ぎ早に言われた。
半泣き状態で、その目からは「圧」を感じた。
“これ以上、私を悲しませないで”
私は何があったかを説明する前に、
悪いことをした前提で扱われていた。
なぜそんなことになったのか。
一番私が知って欲しかったことは、確認されなかった。
その瞬間、
私は理解した。
私よりも、
先生の言葉のほうが重い世界なんだと。
“母ならわかってくれるんじゃないか”
そこが消えたから、黙るしかなかった。
正しさよりも「外の目」
あのとき分かったのは、
正しいかどうかよりも、
外にどう見えるかのほうが重いということだった。
先生にどう見えるか。
周りにどう見えるか。
世間にどう見えるか。
そこが先に決まる世界では、
自分の事情は後回しになる。
目立たない方が安全だと学んだ
それ以来、
人の目の中にある「評価」が怖くなった。
怒られることよりも、
分類されることが怖かった。
値踏み。
序列。
ラベル。
中央に立つということは、
それを一身に受けるということだった。
私が完全に正しかったとは思っていない。
でも、確認もなく“悪い側”に固定されたことが、深く残った。
外の声が強い世界では、
目立たない方が安全なのだと学んだ。
私はそこで、意図的に「目立たない」を選ぶ子になった。
正しくても守られないことがある世界に、
私は早く触れすぎたのかもしれない。
あのとき作られたのは、傷ではなく
静かな行動の基準だった。
