好きの奥にある「どうせ負ける」
恋が始まるたびに、
なぜか同じ感覚があった。
うれしい。
好き。
でもその奥に、
「どうせ私は負ける」
という前提があった。
理由は分からなかった。
でも、ずっとあった。
恋が怖いわけじゃなかった
私は長いあいだ、
「本気で向き合う恋ができない」
と思っていた。
でも違った。
怖かったのは、
恋そのものじゃない。
“評価”だったのかもしれない。
恋の中で起きていた回路
好きな人ができると、
私の中でこれが起きていた。
好きになる
↓
選ばれる可能性が出る
↓
比較が始まる
↓
私は劣るかもしれない
彼だけじゃない。
・元カノ
・過去に好きだった人
・理想の彼女像
私は最初から、
同じテーブルの“下側”に自分を置いていた。
なぜ安心できなかったのか
今は私を好きだと言ってくれている。
でもそれは、安心にならなかった。
比べられたら負ける。
負けなくても、いずれ飽きられる。
これは事実じゃない。
でも私の中では、
それが前提になっていた。
幼少期の配置が再起動していた
思い返せば私は、
・疑われる側
・守られない側
・評価される側
に立つことが多かった。
だから恋でも、
「私は下側」
という位置から関係を見てしまう。
恋が怖いんじゃない。
序列の感覚が再起動していただけだった。
今わかること
私は負けていたわけじゃない。
最初から
“劣る側の位置”に自分を置いていただけだった。
問題は能力じゃない。
位置だった。
配置がずれていただけ。
そう分かると、
「私は負ける」
から
「私は下から見ていた」
って気づける。
前提が変わると、
同じ土俵でも景色は少し変わる。
恋そのものが、怖くなくなる。
