映画『教皇選挙⑤』について⑤
こんにちはジャリです。
発言が終わったあと、場に沈黙が残る。
次の言葉はすぐに差し出されない。
その沈黙は遮られていない。
進行役も介入せず、別の話題へ移行する合図も出されない。
誰かが異議を唱えたわけではない。
同時に、賛同の表明も行われていない。
沈黙だけが、そのまま置かれている。
発言の内容は否定されていない。
訂正も求められず、記録から削除されることもない。
ただ、次の手続きが淡々と続いていく。
沈黙が生じた場面では、視線が一点に集まらない。
発言者から外れ、周囲へと分散していく。
反応は共有されず、個別のまま保たれている。
その沈黙は、緊張として扱われていない。
異常として指摘されることもなく、説明も加えられない。
進行の妨げにはならない。
言葉が回収されないまま、時間だけが進む。
沈黙は解消されず、同時に問題化もされない。
多くの場面で、否定されなかった沈黙は記憶に残らない。
議事の結果には反映されず、判断の根拠にも使われない。
それでも、その沈黙は場から消えていない。
言語化されなかった要素として、
進行の外側にとどまり続けている。
発言でも決定でもない状態が、
誰にも否定されないまま維持されている。
