映画『教皇選挙』について⑥
こんにちはジャリです。
ある人物の存在が、手続きの途中で浮上する。
役職や経歴は示されているが、想定されていた配置には収まらない。
その人物について、即座の評価は行われない。
否定も肯定もされず、確認のための言葉だけが交わされる。
進行は止まらない。
ただし、発言の速度がわずかに落ちる。
次の段取りへ移る前に、短い間が挟まれる。
制度は既存の枠を用いて対応しようとする。
規則の文言が参照され、過去の事例が探される。
完全に一致する前例は提示されない。
周囲の反応は一様ではない。
視線を伏せる者、距離を取る者、黙って記録を続ける者が混在する。
その差異は言語化されない。
問題として扱う動きは見られない。
同時に、通常の進行として回収することもできていない。
存在だけが、場に残る。
制度の外側にある要素は、説明されないまま保留される。
判断を延期するための手続きは用意されていない。
進行は続き、違和感だけが累積していく。
その人物は発言を控え、役割を主張しない。
周囲も立場の確定を急がない。
不確定な状態が、一定時間維持される。
制度は破られていない。
同時に、完全には機能していない。
収まりきらない存在を抱えたまま、進行だけが成立している。
その場で起きているのは、排除でも受容でもない。
位置が定まらない状態が、自然なものとして扱われている。
