なぜ「初見殺し」は起きるのか?ローカルルールと当たり前が共有されなくなった構造

売れない行動を止め、
前提条件と立ち位置を修正し、
売上を取り直すための設計書。
♡観測

バラバラのローカルルールに戸惑い!「初見殺し」という現象についてSNSで議論されていました。

こんにちは、ジャリです。

私も旅先のバスの乗り方で失敗したことがあるので首がもげるほど、共感しました。
当たり前が共有されていない構造を、少しだけ整理してみました。

1. いま見えてきていること(観測)

日常のいろいろな場面で、

「初めて触れる人には分かりにくい仕組み」が
小さな戸惑いや立ち止まりを生んでいる様子が見られます。

よく挙げられるのは、

・初めて入ったパン屋さんでの購入の流れ
・公共交通機関の乗り方や支払い方法
・地域ごとに存在する独自のルールや暗黙の流れ

などです。

一度知ってしまえば難しくないけれど、
最初の一回だけ、説明が足りていない。

こうした状況は、
「初見殺し」という言葉で表現されることもあり、
SNSを通して共有されることで、目に見える形になっています。

ここでは、
不便かどうか、良いか悪いかは置いておいて、
そうした場面が、一定数存在している
という事実そのものを観測点として扱います。

2. そこにあった前提条件

こうした仕組みがこれまで成立してきた背景には、
次のような前提があったと考えられます。

・多くの人が、子どもの頃から自然に触れてきた
・一度覚えれば、その後は意識しなくてよい
・利用者は「知っている状態」で入ってくる
・説明は最低限でも、大きな問題になりにくい

この前提のもとでは、

・細かい説明がなくても
・周囲の様子を見ながら理解でき
・繰り返すうちに、自然と身についていく

という流れが想定されていました。

仕組みそのものは、
「すでに知っている人」を基準に
つくられてきたものだと見ることもできます。

3. 前提が変わって生まれているズレ

いまは、その前提条件が少しずつ変わってきています。

・生活様式や育ってきた環境が多様になっている
・「初めて」のまま大人になる場面が増えている
・一度きりの利用や、偶然の利用が増えている
・周囲を見て学ぶ機会が少なくなっている

こうした変化の中で、

・設計する側が「当たり前」として省いている部分が
・利用する側には共有されておらず
・最初の接点で、理解が止まってしまう

というズレが生まれているように見えます。

「初見殺し」と呼ばれる現象は、
仕組みが特別に難しいというよりも、
前提条件が共有されていない状態が
そのまま表に出てきている、と整理することもできそうです。

4. 定点に戻って、整理してみる

少し距離を取って眺めてみると、
次のような関係が浮かび上がってきます。

・以前は自然に共有されていた前提
・いまは共有されにくくなっている経験
・それでも更新されないまま残っている仕組み

「初見殺し」という言葉が使われる場面では、
何かが壊れているというより、

前提条件が少しずつずれたまま、
仕組みだけが残っている状態

が、見える形になっているのかもしれません。

この記事では結論を急がず、
日常の中にある小さな戸惑いを、
個人の問題ではなく、
構造として整理しておくところまでにして終わります。