映画『愚か者の身分』について④
こんにちは、ジャリです。
ある暴力的な出来事が発生する。
身体の一部が不可逆的に失われる描写が挿入される。
その直後、時間は大きく飛ばされない。
場面は継続し、人物は同一の空間に留まる。
移動が行われる。
周囲との距離が変化し、他者との接触も発生する。
身体の状態に起因する制限は、行動の選択肢として提示されない。
補助や介入が描かれる場面はあるが、継続的な制約として保持されない。
日常動作に対する再学習や遅延は配置されない。
物語の進行速度は落ちない。
出来事の前後で、人物の移動範囲や判断の即時性は変化しない。
身体的条件よりも、関係性の変化が前面に配置される。
喪失は環境調整の要因としてではなく、場面転換の契機として扱われる。
周囲の人物の反応も限定されている。
継続的な介助や配慮は構造として定着しない。
物語は進行を続ける。
身体的喪失は過去の出来事として参照され、現在の制約には変換されない。
結果として、不可逆な変化と行動の自由度が同時に存在する状態が維持される。
その状態は説明されず、矛盾として扱われない。
