“幸せな結婚生活”が欲しかったはずなのに
私はずっと、
「結婚したい」
と思っていたし、憧れていた。
でも離婚を経て
今振り返ると、
欲しかったのは
“幸せな結婚生活”そのものではなかった。
本当に欲しかったもの
私が欲しかったのは、
“選ばれた証明”だった。
誰かが私を配偶者として選んだ。
公に認めた。
継続を前提にした。
それがあれば、
「私はちゃんと価値がある」
と、ようやく思える気がしていた。
なぜ証明が必要だったのか
私はどこかで、
存在価値を“疑われる側”に立っている感覚があった。
・ちゃんとできてるの?
・それで大丈夫なの?
・本当にそれで生きていけるの?
幼少期から続くそんな空気の中で育つと、
自分で自分を信じる前に
外側の「確定」を集めたくなる。
結婚は、
いちばん分かりやすい“確定”だった。
結婚すれば安心できると思っていた
私の中では、こうなっていた。
結婚する
↓
正式に選ばれる
↓
価値を比較されない
↓
捨てられない
でもそれは、
“愛されたい”というより
自分の価値を“確定したい”だったのかもしれない。
証明を軸にすると起きること
証明が欲しいまま恋をすると、
関係の軸が、少しだけズレる。
好きだから一緒にいる、ではなく
「私は今もちゃんと選ばれている?」
を確かめる関係になる。
たとえば――
・返信が遅いと不安になる
・態度が少し変わると価値が揺らぐ
・機嫌が悪いと“私のせい?”になる
愛しているはずなのに、
どこかでずっと、
「まだあなたの合格ラインにいる?」
と確認してしまう。
今わかること
私は結婚がしたかったんじゃない。
自分の価値を
確定してほしかった。
でも価値は、
外から確定してもらっても
根っこは変わらない。
証明を手に入れても、
前提が同じなら不安は戻る。
問題は、私の立っていた“位置”だった。
「誰かの証明がないと価値がない」
という場所から恋をしていた。
少しずつでも…
誰かの証明がなくても
「私はここにいていい」
と思えたら…
恋も結婚も、
証明の道具じゃなくなる。

